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<記録が成長する時間> 私は幼い頃から記録するのが好きだった。 写真の記録、書き込みの記録。 結婚の準備をして新婚旅行のスナップを知っているより100万ウォンがふんだんに超える金額に写真よりは映像で残してみてはどうだろうか?という考えで映像撮影用カメラを買った。 そう私の映像記録を通じてYouTubeの記録が一緒に始まった。 もう一度ない私たち夫婦の新婚旅行、初の新婚ハウスでの日常そのすべてを映像で記録した。 そう何年が流れたのだろうか。 苦しみになった怠惰者は映像記録を止めた。 忙しくて疲れているという会社員の言い訳で好きな記録を止めることはかなり私にストレスで近づいてきた。 記録したいのに、よくやりたいのに、なぜ着実にダメなのか? 再起動しなければならないと心を食べた過去数ヶ月。私は再びビデオを記録し始めた。 一つの映像が作られるまで、本当にたくさんの労苦が入る。 きれいな風景も盛りたい、美味しい食べ物も盛りたい。 その中の私たちの爽やかな瞬間も込めたい。 写真も撮らなければならず精神がない。 ところで、編集をしながら過去の思い出を振り返り、その時の私の感情、気分、天気、そのすべてが浮かび上がるのを見れば、記録の力がどれほどすごいか再び感じる。 帰次主義を克服するために私自身で誓った。 すごい何かを望むよりも私の日常を通じて誰かに少し楽しさと役に立つ情報を与えることができれば喜んでこの記録を止めないだろうと。 反応度に対する負担を少し下げると記録がさらに楽しくなった。 もっとうまくやりたくて、もっと教えてあげたくて真剣にだけ書き下ろした話がむしろもっと楽になったと表現すべきか。 私はYouTubeを通して私のライフスタイルを見せています。 私、私が住んでいる家、私の日常、私の旅行先、それはすべてです。 始まりが半分という言葉があるのではないか。 私はすでに始めたので、半分はしたと思う。だからこの楽しみを忘れずに私は記録します。